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後編 大自然という資源

建築家 隈 研吾
デザイナー 原 研哉
地域資源家 鈴木輝隆

日本人が旅する場所を

標茶高校の優れた研究発表をしたゼミに贈る隈研吾賞や原研哉賞は、もう4年出しましたかね。

鈴木そうですね。標茶高校は、標茶の大きな資源の一つですよね。約255haの敷地で、174人の生徒が地域の産業や文化を学んでいます。高校で作った乳製品や肉製品を食べたり買ったりできる場所としても「ぽん・ぽんゆ」が知られていくといいですね。これをきっかけに、町内の施設も変わっていくんじゃないでしょうか。標茶は元々の資源のポテンシャルが高いから、少しのきっかけでぐんとおもしろいものが生まれてくる気がします。

今は、ランチを食べるところもなかなかないですよね。一軒、ものすごくおいしいパスタ屋さんがありますが、行くといつも混んでいます。他にも「丹頂」というラーメン屋もありますが。「ぽん・ぽんゆ」ができて人が増えると、もっと混んでしまうなあと思っています。

鈴木今は釧路、標茶、釧路湿原あたりで魅力的なホテルや飲食店は少ないですが、バターや生クリームなどの名産品を活かした店が出てくれば、より楽しく豊かになっていくんじゃないでしょうか。これまで発見されていなかった場所が知られるようになる可能性もあると思います。

きっといろんなことが起こると思いますよ、これから。

隈さんは、北海道の建築は多く手がけられていますか?高級ホテルもいいですが、北海道には、多くの人が気軽に泊まりやすい宿をもっと作れるといいですよね。たとえば、根室の風蓮湖あたりはどうでしょう。花咲蟹もあるし、根室本線も静かでゆったりしていて良いんですよね。電車の中でおいしいものを食べて、ちょっとお酒を飲んで、というのがローカル線で旅する醍醐味ですよね。北海道は車窓が本当に美しいから、しっかりした良いテーブルさえあれば、あとは昔ながらの向かい合わせの座席で十分で。

いやあ、その旅は最高だよね、僕もそれ、最近一番はまってる。

やっぱり隈さんが作らなきゃいけないのは、根室半島の先のような場所にある手ごろな宿、すなわち日本人が旅できる場所だと思います。まず日本人が旅する場所を作れば、後から海外の人も行けるわけですから。もう「富裕層」は禁句にして、気軽に旅できる場所を作らないといけないですよね。

そうですね。周りの大自然に見所がある北海道だからこそ、リーズナブルで誰でも行きやすい宿が成立しますからね。

法律的には国立公園の中に新たな施設を作ってはいけないから、「ぽん・ぽんゆ」のように既存の建物を直すのが良いのかもしれないですね。

改修に関しては制限がないから、そこに活路を見出すというのは一つの手ですよね。デザイナーがしっかり関わると、既存の建物がここまで変わるっていうのを示す例としては、「ぽん・ぽんゆ」はすごく良いモデルケースになったと思います。

「ぽん・ぽんゆ」のように、高級ホテルとは違うオペレーションで味のある施設ができると、ちょっと日本も変わってくるかなと思っています。

土地の営みを見つめ直す

鈴木近年、阿寒、和琴などの観光地各所では、施設の老朽化に悩まされているようです。北海道の自然にふさわしい施設がなかなかないんですね。どこも同じ悩みを抱えて、次に打つ手を考えているから、「ぽん・ぽんゆ」のように原さんや隈さんが活躍できるような場がまた出てくる予感がしています。標茶の人たちからは、何らかの形で「ぽん・ぽんゆ」と関わりたいという声を聞いています。これからの「ぽん・ぽんゆ」の歩みを私も楽しく見ていきたいと思っています。

鈴木みつばちには、ぜひ今後も地域に咲くおもしろい花に我々を連れていってほしいですね。隈さんには、僕としては鉄道にもっと関わってほしいなと思うんです。鉄道というと車両デザインを思い浮かべるかもしれないですが、僕は車両ってあんまりかっこいいものじゃなくていいと思っているんです。それよりも、駅のホームにお弁当の販売所を作ってほしいなと思います。掘立て小屋みたいなものでもいいから、おいしいものを売っていそうな場所があるといいなと。逆に言うと、そこがだめになると鉄道自体がだめになってしまうと思うんです。隈さんには、建築家の提言としてぜひともそのあたりを提案してもらいたい、なんて思ったりしています。

鈴木駅舎がもうちょっと絵になってくると、北海道の鉄道も変わっていくんじゃないかと思うんです。標茶は、SL冬の湿原号やノロッコ号が走っていますよね。今ある小さい無人駅に売店があるだけでも人が集まりそうだなと思います。風景もいいし、釧網本線もいい線だと思うので。

僕と話すと、とんでもなく高価な列車のリデザインをされるんじゃないかと誤解されているんですよね。僕としても、おいしい弁当がおいしく見える売り方をしつらえるだけで鉄道のイメージがずいぶん変わると思うんですが、それがなかなか伝わらないんです。

昔、熊本の人吉球磨で、三十三観音巡りのお弁当を出すための物干し台みたいなものを隈さんがデザインしたじゃないですか。ハイテク建築を作る隈研吾もいれば、物干し台みたいなものを作っている隈研吾もいるというのが良いなあと思っていて。そういうしみじみとした奥深さのある素朴なものが、意外と人を寄せつけるものになりますよね。「ぽん・ぽんゆ」をきっかけに、北海道にもこういった味のある場所がたくさんできるようになっていくといいなと思っています。僕としては、湿原の自然があまりにも良くて少し緊張していました。こんなに素晴らしい自然を対象にした仕事に巡り合うことはまずないので。

デザイナーにとっては、もう最高に強敵な自然でしたね。

鈴木空から釧路湿原を撮った映像も良いですよね。不思議な自然の美しさを持っていて、今までない印象を受けました。

ドローンで撮るべきはああいう映像ですよね。真上から撮るだけで、見たことがないような景色が生まれるんです。

鈴木「ぽん・ぽんゆ」を通じて、今までとは違う視点から見た北海道の自然をみなさんに知ってもらえるといいですよね。

今度、標茶高校の生徒さんに協力してもらって、「ぽん・ぽんゆ」の「ぽ」の○を人文字で作って、また真上から撮影するんです。あの丸一つとっても、この自然の中に置くには、CGの円だと硬すぎる。やっぱり人間の力で作った円でないと釣り合わないんですよね。そういうことを、丁寧にやっていこうと思っています。

鈴木来年も原研哉賞、隈研吾賞を持って標茶高校に来てもらえるのを待っていますから。高校生も楽しみにしていると思います。

そうですね。また来年もやりましょう。機会があったら、隈さんも釧路湿原で釣りでもしましょう。

あの顕微鏡で釣るみたいな作業が忘れられませんね。

もっと群れに出会いかったですよね。前回は、ちょっと何を釣っているのかわからないくらい小さいのしか釣れなかったですもんね。

ねえ。